サムイェ・ゴンパ(桑耶寺)

- 8世紀に仏教を国教と定めたティソン・デツェン王が創建したチベット最初の僧院。ラサのジョカン寺やツェタンのタントゥク寺はもっと古いが、これらは寺院(ラカン)であって、僧侶が修行をする僧院(ゴンパ)ではない。

- ティソン・デツェン王はインドのナーランダ大学から学僧シャンタラクシタを招いて、サムイェ寺を建てようとしたが、その建立は一筋縄ではいかなかった。昼間に工事を進めても、夜になると、仏教が広まるのを邪魔する土着の土地神や龍神たちが壊してしまたからだ。「密教の力を借りなければだめだ」というシャンタラクシタの思いを神通力で感じ取った密教行者グル・リンポチェがインドからこの地へ赴き、土着の神々たちを手伝わせて無事サムイェ寺を完成させたと伝えられている。

- 779年にウツェ(大本殿)が完成。シャンタラクシタが僧院長となり、7人のチベット人を出家させ、チベットで初めての出家僧が誕生した。以来、インドの経典がここで続々とチベット語に翻訳されていった。

- サムイェ寺の建物の配置は、仏教の説く宇宙の構造を模したマンダラに則っている。大本殿ウツェは世界の中心である須弥山。北にダワ・ラカン(月のお堂)、南にニマ・ラカン(太陽のお堂。現在は跡のみ)。4つの大陸を表す4つのお堂と4色のチョルテンが本殿の四方を固めている。サムイェ寺の東側にあるへポ・リに上がると、マンダラ状の伽藍の全貌が見渡せる。

